人体に備わる”鎮痛作用”とは

 人間の体には痛みを抑制する働きが備わっています。そのうちのいくつかは科学的な研究報告もあります。

 

 筆者ら鍼灸師は、患者さんの痛みを和らげることに存在意義があると言ってもいいほど、痛みと痛み抑制の機序を学ばなくては、よりよい仕事ができないと考えます。

 

 代表的な鎮痛機構にゲートコントロール説というものがあります。これは簡単にいうと「痛いの痛いの飛んでけ」で知られるような、さする行為です。

 

 痛みを伝達する経路上で、さする行為の刺激が痛みの情報伝達を阻むというものです。理論的に説明がなされているのですが、有識者の間で議論が交わされている部分もあるためか、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師の国家試験には出題されにくい傾向にあるといわれています。

 

 筆者が鍼による鎮痛効果がもっとも高いのではないかと考えている機序に、広汎性侵害抑制調節というものがあります。英文字の頭文字をとってDNIC(diffuse noxious inhibitory controls)と呼ばれたもします(特にヒトにおいてはCPM(conditioned pain modulation)と呼ぶという論文もあります)。

 

 簡単にいうと、痛む部分とは違う部位に痛みの刺激を与えると、もともとの痛みが和らいだように感じるというものです。

 

 脳で感じる痛覚には優位性(優先順位)があると考えられています。ですから、この効果は全身的に起こる反面、別の痛み刺激が消失すると、本来の痛み感覚が蘇ってしまう事があると考えられています。

 

 その他には、脳が痛みを抑制しようとはたらく作用として下降性疼痛抑制系というものがあります。

 

 痛みを感じるのは脳であると同時に、痛みの情報伝達を抑制しようとする働きもします。

 

 脊髄後角から痛みを抑制するノルアドレナリンやセロトニンが放出されます。脳から脊髄後角に指示が下方に伝わることから下降性という名前が付けられています。

 

 また、末梢性オピオイド鎮痛というものもあると言われています。これは傷ついた組織には免疫細胞が増えている状態で、そこにさまざまな刺激物質や修復因子が集まると免疫細胞が刺激を受ける事でオピオイドを放出すると考えられているものです。オピオイドとは鎮痛効果を持つアヘン類の物質で、麻薬性鎮痛薬とも呼ばれる生体内でつくられる物質です。

 

 傷を負った部分では、痛みなどの刺激として情報を脳や関連組織へ伝達する作用、修復する作用、痛みを抑える作用がはたらいているのです。

 

 鎮痛機構はすべてが解明されているわけではありません。また、医療科学の進歩により既存の常識が覆されることもありえます。筆者ら鍼灸師やマッサージ師が施術に応用できる新たな鎮痛機序が今後も数多く発見されることを願っています。

 

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*リライト:2020年3月1日